はじめに:FRB議長の人事は、あなたのNISAに影響する

2026年1月30日、トランプ大統領は次期FRB(米連邦準備理事会)議長にケビン・ウォーシュ氏を指名しました。現議長のジェローム・パウエル氏の任期は5月に満了し、上院の承認を経てウォーシュ氏が後任に就く見通しです。

「FRBの議長人事なんて、自分の投資には関係ない」と思った方もいるかもしれません。

でも実は、FRB議長が誰であるかは、NISAでオルカンやS&P 500を保有している日本の投資家にとって、非常に大きな意味を持ちます。なぜなら、FRBの金利政策はドル円の為替レートに直結し、それがドル建て資産の円換算リターンを左右するからです。

この記事では、ウォーシュ氏がどんな人物なのか、彼のもとでFRBの金融政策がどう変わりうるのか、そしてそれが日本の投資家にとって何を意味するのかを、できるだけわかりやすく解説します。

ケビン・ウォーシュの経歴

まず、基本的な経歴を押さえておきましょう。

  • 年齢:55歳
  • 学歴:スタンフォード大学卒業、ハーバード大学ロースクール修了
  • 職歴:モルガン・スタンレーの投資銀行部門でM&Aを担当。その後、ジョージ・W・ブッシュ政権でホワイトハウスの経済顧問を務める
  • FRB理事(2006〜2011年):35歳で就任し、史上最年少のFRB理事に。リーマン・ショック時にはバーナンキ議長の側近として危機対応にあたり、緊急融資プログラムの設計に関わった
  • 現在:スタンフォード大学フーバー研究所のフェロー。また、著名ヘッジファンドマネージャーのスタンレー・ドラッケンミラー氏のファミリーオフィスにも勤務

注目すべきは、ウォーシュ氏の義父がロナルド・ローダー氏であることです。エスティ・ローダーの創業家一族で、トランプ大統領とはペンシルバニア大学ウォートン校の同窓生。長年にわたる友人・側近であり、共和党の大口献金者としても知られています。

この家族関係から、ウォーシュ氏がトランプ政権と対立的な姿勢を取る可能性は低いとの見方が一般的です。

タカ派からハト派へ:ウォーシュの「変節」

ウォーシュ氏を理解する上で最も重要なのは、金融政策に対するスタンスが大きく変化しているという点です。

かつてのウォーシュ:筋金入りのタカ派

FRB理事時代(2006〜2011年)のウォーシュ氏は、インフレを強く警戒する「タカ派」として知られていました。

2008年のリーマン・ショック直後、多くの経済学者が大規模な景気刺激策を求める中、ウォーシュ氏は依然としてインフレリスクを主要な懸念事項として挙げていました。CNNの報道によれば、2008年6月のFOMC会合で「インフレリスクが経済にとって最も大きなリスクだ」と発言しています。

その後、FRBが大量の国債購入(量子緩和、QE)を拡大したことに反対し、2011年にFRB理事を辞任しました。FRBのバランスシートが「肥大化」していると批判し、「FRBにおけるレジームチェンジ(体制変革)」を訴えてきました。

今のウォーシュ:利下げを支持

しかし、最近のウォーシュ氏は明らかに方向転換しています。

2025年7月のCNBCのインタビューでは「利下げは正しいバランスに戻すためのプロセスの出発点だ」と発言。同年11月のウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿では、「FRBはインフレの原因が経済の成長や賃金上昇にあるという教条を捨てるべきだ」と主張しました。

この転向の論拠はAI(人工知能)による生産性向上です。ウォーシュ氏は、AIがもたらす生産性の飛躍的な向上がデフレ圧力として作用するため、従来の枠組みよりも低い金利が適切だと考えています。「生産性が年1%上昇すれば、一世代のうちに生活水準は倍になる」と述べています。

この「変節」をどう見るか、市場関係者の間でも意見は分かれています。

エバーコアISIのクリシュナ・グハ氏は「タカ派としての評判があり、独立性があると見なされているからこそ、他の候補者よりもFOMCのメンバーを説得して利下げに持ち込む力がある」と評価しています。

一方で、ルネサンス・マクロ・リサーチは「ウォーシュのキャリア全体を通じて、彼はタカ派だった。今のハト派転向は都合によるものだ」と指摘し、「大統領は騙されるリスクがある」と警告しています。

ウォーシュ就任で金利はどうなるか

では、実際にウォーシュ氏がFRB議長になった場合、金利はどう動くのでしょうか。

現在のFF金利(フェデラル・ファンド金利)は3.5〜3.75%です。主要な予測を整理しましょう。

予測機関 2026年の利下げ見通し
ウェルズ・ファーゴ 年後半に0.25%×2回の利下げ。年末で3.00%付近
ブルッキングス研究所(ロビン・ブルックス氏) 6月以降に合計1.00%の利下げ。年末で2.5〜2.75%
JPモルガン 据え置き継続の可能性。ウォーシュでも大幅利下げは困難
外為先物市場 年内約0.4%の利下げを織り込み

ここで重要な点を押さえておきましょう。

FRB議長は一人で金利を決められるわけではありません。 金利を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)は12人の投票権を持つメンバーで構成されており、議長はあくまでその中のリーダーです。外交問題評議会(CFR)のレポートが指摘するように、直近の1月のFOMC会合では、12人中10人が金利据え置きを支持し、利下げを求めたのは2人だけでした。

つまり、ウォーシュ氏がいくら利下げしたくても、FOMCの多数派を説得できなければ金利は動かないのです。

ただし、中期的に見れば、利下げの方向性はほぼ確実と言えます。問題はそのペースとタイミングです。

日本の投資家にとっての意味

ここからが、このブログの読者にとって最も大切な部分です。

① ドル円への影響:円高圧力

米国の利下げが進めば、日米金利差が縮小し、円高ドル安の方向に力が働きます

さらに、トランプ政権自体がドル安を志向しているという指摘もあります。ウォーシュ氏の義父であるローダー氏は、トランプ大統領のグリーンランド買収構想のきっかけを作った人物としても知られており、政権との関係の深さが伺えます。

円高が進めば、NISAでドル建て資産(オルカン、S&P 500 ETFなど)を保有する投資家は、以前の記事で詳しくお伝えした通り、為替差損のリスクにさらされます。

② バランスシート縮小の「副作用」

ウォーシュ氏はFRBのバランスシート縮小(保有する国債等の削減)を強く支持しています。Fox Businessのインタビューでは「印刷機の稼働を少し減らし、バランスシートを縮小すれば、大幅に低い金利が実現できる」と述べています。

しかし、ここには矛盾があります。バランスシートを縮小すれば、長期金利には上昇圧力がかかります。つまり、短期金利(FF金利)は下げても、住宅ローンなどに影響する長期金利は必ずしも下がらない可能性があるのです。

JPモルガンのフェローリ氏はこの点について「バランスシートの話は専門的に聞こえるが、住宅ローン金利への影響は現実的だ」と警告しています。

③ 日本株にとっては追い風

一方、日本株の投資家にとっては、ウォーシュ氏の就任はポジティブな材料です。

米国の利下げ→円高が進めば、相対的に円建て資産である日本株の魅力が高まります。海外投資家から見れば、円高は日本株の割安感を解消する方向に作用しますし、日本経済のファンダメンタルズ(前回の記事で触れたガバナンス改革、インフレ定着、高市政権の積極財政)が維持されていれば、日本株への資金流入はさらに加速する可能性があります。

まとめ:ウォーシュの「本当の姿」はまだわからない

ウォーシュ氏については、率直に言って、不確実性が大きいです。

タカ派なのかハト派なのか。トランプ大統領の言いなりになるのか、独立性を保つのか。AIによるデフレ論は本物の信念なのか、議長指名を得るための方便だったのか。

CNNの記事のタイトルが象徴的です:「もしウォーシュがFRB議長に就任したら、どちらのウォーシュが現れるのか?」

ただし、一つだけ確実に言えることがあります。

米国の金利は、中期的に下がる方向にある。 それがウォーシュ氏の下で早まるか遅くなるかという「ペース」の問題であって、「方向」の問題ではありません。

そして、金利が下がれば円高圧力が高まり、ドル建て資産の円換算リターンは押し下げられます。

NISAでオルカンやS&P 500を保有している方は、このマクロ環境の変化を踏まえて、ポートフォリオの中で日本株の比率を見直してみることをお勧めします。


※本記事は特定の金融商品の購入・売却を推奨するものではありません。投資に関する最終的なご判断は、ご自身の責任でお願いいたします。