はじめに:なぜこの記事を書くのか
NISA口座でオルカン(eMAXIS Slim全世界株式)を積み立てている方にとって、この記事はあまり気持ちの良い内容ではないかもしれません。
筆者はオルカンという商品自体を否定するつもりはありません。低コストで世界中の株式に投資できる優れた商品であることは間違いありません。
ただし、**「世界に分散しているから安心」「長期で積み立てれば必ず報われる」**という思い込みについては、一度立ち止まって、データで確認してみる価値があると考えています。
この記事では、オルカンが連動を目指しているMSCI ACWI(全世界株式指数)のパフォーマンスを、S&P 500と比較する形でバックテストし、2つの重要な事実を明らかにします。
検証① 長期リターン:ACWIはS&P 500に一度も勝てていない
まず、最も基本的な比較からはじめましょう。MSCI ACWI指数とS&P 500指数の年次リターンを並べてみます。
以下は、iShares MSCI ACWI ETF(ティッカー:ACWI)の年次リターンと、同時期のS&P 500のリターンを比較したものです(Yahoo Finance等の公開データに基づく)。
| 年 | ACWI | S&P 500 | 差 |
|---|---|---|---|
| 2010 | +12.8% | +15.1% | S&P +2.3 |
| 2011 | −7.9% | +2.1% | S&P +10.0 |
| 2012 | +16.8% | +16.0% | ACWI +0.8 |
| 2013 | +22.4% | +32.4% | S&P +10.0 |
| 2014 | +3.8% | +13.7% | S&P +9.9 |
| 2015 | −2.2% | +1.4% | S&P +3.6 |
| 2016 | +8.4% | +12.0% | S&P +3.6 |
| 2017 | +24.4% | +21.8% | ACWI +2.6 |
| 2018 | −9.1% | −4.4% | S&P +4.7 |
| 2019 | +26.6% | +31.5% | S&P +4.9 |
| 2020 | +16.3% | +18.4% | S&P +2.1 |
| 2021 | +18.7% | +28.7% | S&P +10.0 |
| 2022 | −18.4% | −18.1% | S&P +0.3 |
| 2023 | +22.3% | +26.3% | S&P +4.0 |
| 2024 | +17.5% | +25.0% | S&P +7.5 |
| 2025 | +22.4% | +25.0%* | S&P +2.6 |
*(2025年のS&P 500は概算値)
15年間のうち、ACWIがS&P 500を上回ったのはわずか2回(2012年と2017年、それもいずれも僅差)です。残りの13年間はすべてS&P 500が勝っており、しかもその差が年間5〜10ポイントに達する年も珍しくありません。
長期の複利で見ると、この差はさらに大きくなります。
2008年3月〜2026年1月の累積リターン(PortfoliosLabのデータ):
- ACWI(iShares MSCI ACWI ETF):年率約8.15%
- S&P 500(SPY):年率約10%超
仮に2008年に1,000万円を投資した場合、18年後の評価額はS&P 500の方が数百万円以上大きくなる計算です。
「分散」のために支払っている代償は、決して小さくありません。
検証② 暴落時:ACWIはS&P 500より深く沈み、回復も遅い
「分散投資のメリットは、リスクを抑えること」——これがACWI(オルカン)を選ぶ最大の理由のはずです。
では、実際の暴落局面で、ACWIは本当にS&P 500よりリスクが低かったのでしょうか。主要な下落局面を検証してみましょう。
リーマン・ショック(2008〜2009年)
| 指標 | ACWI | S&P 500 |
|---|---|---|
| 最大ドローダウン | −55.5% | −55.2% |
| 回復に要した期間 | 約71ヶ月 | 約49ヶ月 |
ACWIの方がわずかに深く沈み、回復には約22ヶ月も余計にかかっています。6年近くかかってようやく元の水準に戻ったことになります。S&P 500は約4年で回復しました。
ここで「ほぼ同じ下落幅なのに回復が遅い」という事実が重要です。新興国や欧州の回復がS&P 500に比べて遅かったため、ACWIの足を引っ張ったのです。
コロナ・ショック(2020年3月)
| 指標 | ACWI | S&P 500 |
|---|---|---|
| 最大ドローダウン | −33.8% | −33.7% |
| 回復に要した期間 | 約107営業日 | 約97営業日 |
下落幅はほぼ同じですが、ここでもACWIの回復はS&P 500に約10営業日遅れています。これは米国の大規模な金融・財政政策がまず米国株を押し上げ、それ以外の地域への波及には時間がかかったためです。
2022年の利上げショック
| 指標 | ACWI | S&P 500 |
|---|---|---|
| 年間リターン | −18.4% | −18.1% |
2022年のインフレと急速な利上げによる下落局面でも、ACWIの下落幅はS&P 500と同程度かやや大きくなっています。
パターンの一貫性
これらのデータを総合すると、次のことが言えます。
① 暴落時、ACWIはS&P 500と同じかそれ以上に下がる 「世界に分散しているからショックに強い」という期待に反して、ACWIの下落幅はS&P 500とほぼ同等です。PortfoliosLabのデータによれば、両者のボラティリティ(価格変動率)は3.23%と3.22%でほぼ同一であり、相関係数は0.94と極めて高い水準にあります。
つまり、ACWIはS&P 500とほぼ同じように動くのに、リターンだけが劣後するという構造になっています。
② 回復はほぼ必ずACWIの方が遅い これが最も深刻なポイントです。暴落からの回復局面では、資金は最も流動性が高く、経済の回復が早い市場に集中します。それが米国市場です。新興国や欧州の回復が遅れることで、ACWIの戻りはS&P 500に常に後れを取ります。
なぜACWIは「分散」しているのにリスクが下がらないのか
これは、現代のグローバル市場の構造的な問題です。
理由①:相関係数の上昇
1990年代、ACWIとS&P 500の相関係数は約0.5でした。しかし現在は0.94まで上昇しています。グローバル化の進展により、各国の株式市場は同じ方向に動く傾向が強まりました。つまり、地理的に分散していても、値動きの分散にはほとんどなっていないのです。
理由②:ACWIの6割は結局、米国株
前回の記事でも触れましたが、ACWIの構成比率は約64%が米国株です。残りの36%を足しても、分散の効果は限定的です。しかも、残りの部分には新興国や欧州の低成長市場が含まれており、リターンの足を引っ張る要因になっています。
理由③:危機時は「質への逃避」が起きる
暴落時に投資家は安全な資産を求めます。いわゆる「Flight to Quality」です。世界的な危機が起きた際、資金は米国の大型株や米国債に集中します。これがS&P 500の早い回復を支える一方、新興国市場からは資金が流出し、ACWIの回復を遅らせます。
では、オルカンよりも何を選べばいいのか
ここで筆者の立場を明確にしておきます。
「S&P 500だけ買えばいい」と言いたいわけではありません。
前回までの記事で述べたように、筆者は日本株が今後のパフォーマンスの主役になり得ると考えています。その理由は、為替(円高リスク)、コーポレートガバナンス改革、高市政権の積極財政です。
ここで重要なのは、**ACWIにおける日本株の比率はわずか4.9%**だということです。オルカンを買っても、日本株にはほとんど投資していないのと同じです。
提案としては、以下のような構成を検討する価値があると思います。
- 日本株インデックス(TOPIX連動など):為替リスクなし、ガバナンス改革の恩恵を直接受けられる
- S&P 500:米国の技術革新と資本市場の強さを取り込む
- 必要に応じて個別の国・地域ETF:「全部まとめて」ではなく、自分で比率を決める
つまり、「オルカン1本で全部お任せ」ではなく、自分のポートフォリオを自分で組むという発想です。手間は少し増えますが、コスト(リターンの劣後)を考えれば、十分に見合う価値があります。
オルカンが勝てる時代は来るのか?
公平を期すために、ACWIがS&P 500を上回る可能性についても触れておきます。
2025年前半、実はACWI(米国除く部分)が久しぶりにS&P 500を大幅にアウトパフォームする局面がありました。欧州のインフラ・防衛支出の拡大や、日本株の好調がその要因です。
市場にはサイクルがあります。1990年代後半から2000年代半ばにかけては、新興国の高成長を背景にACWIが比較的好調だった時期もあります。しかし、そのサイクルが到来するまでACWIを「ただ信じて持ち続ける」ことのコストは、データが示す通り、決して小さくありません。
むしろ、その「米国以外の部分」に期待するのであれば、オルカンの中で薄まった形で保有するよりも、日本株や欧州株を自分の判断で適切な比率で組み入れる方が合理的ではないでしょうか。
まとめ
バックテストの結果をまとめます。
事実①:ACWIは過去15年以上、ほぼ一貫してS&P 500にリターンで劣後している 年率で1〜2%以上の差が常にあり、複利で見ると無視できない金額になります。
事実②:暴落時、ACWIはS&P 500と同程度かそれ以上に下がり、回復はほぼ必ず遅い リーマン・ショック時の回復には約22ヶ月の差がありました。分散投資の「守り」のメリットは、現代の高相関市場ではほとんど機能していません。
事実③:ACWIの「分散」は見かけ上のもので、値動きの分散にはなっていない 相関係数0.94、ボラティリティもほぼ同一。同じリスクを取って、低いリターンを受け入れている状態です。
オルカンは悪い商品ではありません。でも、「オルカンを買えば最適な分散ができている」と思い込むのは危険です。
自分のお金の行き先を自分で考え、日本株や個別地域の指数を組み合わせて、意味のある分散を自分で作る。それが、これからの投資で大切なことだと考えています。
※本記事は特定の金融商品の購入・売却を推奨するものではありません。記載のデータは公開情報に基づいていますが、将来のリターンを保証するものではありません。投資に関する最終的なご判断は、ご自身の責任でお願いいたします。